研究内容について

1. カルシウムクロック: 生命に共通する時計の中心部を紐解く

私たちは24時間のリズムで睡眠と覚醒を繰り返し、生活しています。この概日リズムは全身の細胞に内在する生物時計・概日時計 (サーカディアンクロック)によって生み出されており、睡眠覚醒や感情といった脳機能だけでなく、ホルモン分泌や代謝、免疫といったあらゆる生理機能が一日のリズムで変動します。この概日時計はヒトだけでなく、昆虫や植物、細菌にも存在しており、地球で生きる生物にとって非常に重要な機能となっています。この時計の分子メカニズムの解明は、睡眠障害やうつ病など時計に起因する疾患の医薬品開発や、畜産や植物などに応用する農業技術の発展に直結するため、世界中で盛んに研究が進められています。

哺乳類における概日時計の自律振動の仕組みは転写因子によるフィードバックモデル (転写ループ) で説明されてきました。しかし近年、転写ループが無くても時計が振動することが判明し、2017年のノーベル賞の受賞対象ともなった転写ループ中心説が揺らいでいます。そこで研究者の間では、真の振動体の存在に関して議論と研究競争が続いている状況です。

こういった背景の中、私たちは全生命に共通する初の時計因子としてCa2+制御タンパク質Na+/Ca2+交換輸送体 (NCX)を発見し、転写ループの上流には生命共通の祖先型時計『カルシウムクロック』が存在することを提唱しました。時計の中心であるカルシウムクロックの仕組みを解明できれば、あらゆる生物種の時計を制御できる基盤技術の開発が可能です。また、カルシウムクロックは約40億年前に存在した生命共通祖先が基になっているため、生命とは何か?を物質的に説明する重要な知見となります。そこで私たちは、最新の量子技術を用いた細胞生物学を駆使して、カルシウムクロックの原理解明に挑んでいます。

2. 細胞膜の温度計: 生物に普遍的に備わる温度感知メカニズム

温度は、生命が活動を行う上で最も重要な要素の一つです。動物が環境温度を感知する際にはTRPチャネルと呼ばれる温度感受性のイオンチャネルの役割が最もよく解析されています。このTRPチャネルは特異的な温度で活性化し、細胞内へNa+やCa2+イオンの流入を促すもので、主に動物の温度感受性の神経に発現しています。

私たちは最近の研究から、概日時計の温度センサーとして、新しいタイプの分子を同定しています。この仕組みは、神経だけでなく動物の全ての細胞に保存されており、植物などにも存在することから、生命に共通する最も基本的な温度感知メカニズムであると考えています。この仕組みの分子・細胞生物学的な側面に加え、哺乳類の恒温性や冬眠動物における機能を神経科学を駆使して紐解いています。